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い草農家へ丁稚奉公。畳一枚の本当の価値

「畳はどこで作られているんですか?」

仕事をしていると、お客様からよく聞かれる質問です。

しかし実際には、畳店で働いていても、い草農家の現場を見たことがある人は多くありません。

私は夫婦で高知県のい草農家へ丁稚奉公に行きました。

5月には杭打ちと網張り。

7月には収穫、泥染め、乾燥まで。

畳店としてではなく、一人の弟子として現場に入りました。

今日は、その時に感じたことを書いてみようと思います。


畳は「農業」である

私たちは普段、「畳」という完成品を見ています。

しかし、その始まりは一枚の田んぼです。

冬に植え付けられたい草は、春になると一気に成長します。

初夏になると、一度先端を刈り取ります。

これは「先刈り」と呼ばれ、新しい芽を伸ばし、長く品質の良いい草を育てるための大切な工程です。

その後、田んぼ一面に杭を打ち、何段にも網を張ります。

これが私たちが参加した5月の仕事です。


想像以上に地味で、想像以上に重労働だった杭打ち

杭を一本打つ。

言葉にすると簡単です。

しかし実際は、広い田んぼの中で何百本もの杭を打ち続けます。

しかも真っ直ぐ。

高さも揃える。

その上に網を何段も張る。

い草は最終的に150〜170cm近くまで成長します。

細さはわずか1mmほど。

そのため風で簡単に倒れてしまいます。

網は、その細いい草を最後まで支える命綱です。

一本一本の杭には、品質への責任が込められていました。


「収穫」は真夏との戦い

7月。

再び高知へ向かいました。

い草の収穫です。

この時期の高知は、本当に暑い。

しかし農家さんは昼間ではなく、早朝4時から刈り取ります。

理由は単純です。

暑さでい草が傷んでしまうから。

鮮度との勝負なのです。

私も収穫を手伝いましたが、汗は滝のように流れます。

水を飲んでもすぐ汗になる。

それでも作業は止まりません。


泥で染める理由

収穫したい草は、すぐに泥染めを行います。

初めて見た人は驚くでしょう。

「せっかく緑色なのに泥で汚すの?」

実は逆です。

この泥染めには大切な役割があります。

・均一に乾燥させる

・変色を防ぐ

・独特の色艶を生む

・香りを引き出す

泥は天然の染土。

い草を守るための知恵なのです。

昔から続く理由には、必ず意味があります。


乾燥も「ただ乾かす」ではない

泥染め後は乾燥機へ。

高温で一気に乾かせば早いわけではありません。

じっくり14時間。

傷めないように。

色を保つように。

ここにも職人の経験があります。

乾燥が終わっただけでは終わりません。

ここから長さごとに選別されます。

一本一本、人の目で確認されます。

さらに、その後ようやく畳表として織られていきます。

畳一枚が完成するまでには、本当に気の遠くなるような手間があります。


高知の現実

今回、私が一番衝撃を受けたのは景色ではありません。

人です。すでに高知では2軒しかい草農家が残っていません。

そして農家さんの高齢化。

収益の厳しさ。

「あと何年続けられるかな。」

そんな言葉も耳にしました。

日本の畳文化は好きだ。

しかし、その土台を支える農家は年々減っています。

農林水産省の資料でも、現在の国産い草の大部分は熊本県で生産され、産地は大きく減少しています。国産畳表は限られた生産者によって支えられているのが現状です。

高知も、かつてはい草産地として知られていました。

今では、その技術を守る人は決して多くありません。


安い畳が悪いとは言いません

私は商売をしています。

価格が大切なのも理解しています。

しかし、価格だけでは見えないものがあります。

冬の植え付け。

春の先刈り。

5月の杭打ち。

何百本もの網張り。

真夏の収穫。

泥染め。

乾燥。

選別。

そして織り。

そのすべてを経て、ようやく一枚の畳表になります。

その背景を知ってしまうと、「畳一枚」の見え方は大きく変わりました。


私たちが産地へ行く理由

畳店は全国にあります。

しかし、産地まで足を運ぶ店は決して多くありません。

私は、お客様へ「国産です」と伝えるなら、自分自身が土に触れ、汗を流し、生産者の顔を知っていたいと思っています。

農家さんの苦労。

品質を見る目。

一年かけて育てる時間。

それを知らずに畳を売ることは、私にはできません。


畳は、ただの床材ではない

一枚の畳には、一年以上の時間があります。

農家さんの手があります。

自然があります。

そして、日本の暮らしがあります。

だから私たちは、単に「張り替えます」ではなく、その背景まで含めてお客様へ届けたいと思っています。

高知の田んぼで流した汗は、今も現場での判断基準になっています。

畳を選ぶとき、価格だけではなく、「誰が、どこで、どう育てたものなのか」。

そこにも少しだけ目を向けていただけたら、畳という文化は、これからも次の世代へ受け継がれていくのではないかと思っています。

一本のい草が「畳表」になる瞬間

乾燥と選別を終えたい草は、ようやく畳表を織る工程へ入ります。

ここで初めて「畳らしい姿」になります。

私も織機の前に立ちましたが、その精密さに驚きました。織機に入れる前にまずはい草の端を間引きます。

経糸(たていと)に対して、一本一本のい草を送り込みながら織り上げていきます。

機械が勝手に作っているように見えますが、実際はそうではありません。

太さの違うい草。

微妙な曲がり。

長さの違い。

それらを見極めながら、人の手で調整し続けています。

一本でも乱れれば、畳表全体の表情が変わります。

畳の目が揃っているのは、偶然ではありません。

職人が一本一本と向き合っている結果なのです。

織り上がった畳表を初めて手にした瞬間、「ここまで来て、ようやく一枚になるのか」と思いました。

冬に植え付けられた一本のい草が、春を越え、夏を迎え、泥に染まり、乾燥され、選別され、そして織られて初めて、人が座る畳になります。

現場を知る前は「畳表」という商品でした。

今は違います。

私には、生産者の一年分の時間を織り込んだ布に見えます。

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